生活のなかで

2017年3月19日 (日)

春彼岸

長男家族が墓参りに行きたいと来てくれ、息子たち全員で墓参りに出かけた。

幼い孫も墓石を洗ったり、草を寄せ集めたり手伝ってくれた。

いつもは寂しく墓参りをしていたが大勢の墓参りで先祖もさぞ喜んでくれたものと気持ちが明るくなった。

その時代の都合でそれぞれの場所にまつられ点在した墓所を一か所にして、墓参りもずいぶんらくになった。

春を待つ雑木林に、陽が射しこみ落葉を照らしていました。

枯れ草を抜いたら、懐かしい故郷の香ばしい土の香りから春がすぐそこまで来ていることを感じた。

同じ季節が繰り返される有難さ。 春の兆しがうれしかった。

故人に墓所は居心地がいい場所かどうかはわからないが、生きているものにとって唯一話をできる場所だ。

一人ひとりの生前の姿を思い出しながら、目をつぶり生前の不幸を詫び手を合わせた。

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2016年3月20日 (日)

春彼岸

3月20日

昨日の雨は上がり、朝から日が差してきた。

空は青く澄んで、窓から見える山並みもくっきり陰影を刻んでいる。

ここ数日灰色のもやのかかった日が続いたので胸のすくような気分だ。

鉢植えの、ヒヤシンスが3本、それぞれ赤、白、黄と咲いている。

小鳥が庭石に止まり何かをついばんでいる。

カメラを向けると小鳥はチュッ、チュッと啼いて庭の上を飛んで行った。

今日は彼岸の中日、仏壇に燈明を点し線香をあげた。

御先祖には近況を報告するとともに無事を感謝した。

私より若い母の写真を眺めているとなぜか切なかった。

ありがとうと心の中で礼をいった。

午後からは二人の息子たちと実家に帰省した。

途中で先ごろテレビで放送していたラーメン店「桜」に寄った。

あごだしでとった焼きみその赤を注文した。

それなりに美味しかったが、どこも同じよう味で昔ながらの中華そばと違う。

子供のころ食べたメンマとチャーシューの味が懐かしい。

墓所では暮れの墓参りでできなかった、枯草を焼き周り掃除しお墓をきれいに水洗いした。

墓を一か所にしたことでこれまでと違い掃除もずいぶん楽になった。

すがすがし気分で帰路についた。

次男が食事をして帰ろう言い出し日本料理の店で懐石料理を食べた。

久しぶりの家族との外食に心から満足した。

夕方には気温が下がってきた。

寒空にオリオン座とシリウスが美しく煌めいていて、冷たい風に身震いした。

桜の満開にはもう少しかかりそうだ。

家に着いてもしばらく空を眺めた。

今日ほどきれいな星を見たのは久しぶりのことだ。

空を眺めながら入院中の妻を思うと寂しい気持ちになる。

バリスタで入れたエスプレッソコーヒで牡丹餅を御相伴させていただく。

春彼岸の充実した一日。

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2016年2月19日 (金)

春が近くなった日に

やや暖かさも感じる西風に春の訪れを感じた。

気温も15度まで上がった。

我が家のサツキも今年は多くの蕾をつけ少し膨らんできた。

スーパーの店頭に猫柳の切り花が売られていた。

梅の枝と猫柳を1本ずつ買って帰り仏前に供えた。

ロウソクの灯をともし燭台に据え線香にも火をつけた。

炎が揺らめき奥に鎮座する日蓮上人の姿を照らし出す。

鈴を叩き手を合わせ先祖に思いをはせた。

後ろの壁には祖父母、母の遺影が掛けられている。

線香の香りが静かに広がる。

線香の香りは心に安らぎを与えてくれる。

知人の備前焼陶芸作家に香炉を作ってもらうようお願いしてずいぶん経つがまだできない。

今日は昨日スポーツクラブのレンジでの開眼を確かなものにしようと一宮練習場で確認した

が・・・・・・閉眼に終わった。

周りに人がいるとスイングが早くなり気を付けようとしていることは忘れてしまう。

22日には久しぶりにAプロと瀬戸内海GCでラウンドすることになっている。  遠いから

燃え上がることはないが、Aプロに1打でも近づきたい。

今日の開眼  

胸を飛球後方に向ける。 右の尻をひく。 

ヘッドを低く体から遠くへもっていくように

グリップが腰の高さまできたら右腕を外側に捻転させる。

トップからはグリップエンドを左腿に向けひき下ろす。

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2016年1月 1日 (金)

正月の思い出

正月、

いつものように8時起床。

朝から日が差し青空が広がっている。

静か、穏やかな朝だ。

昨日の朝と変わりない一日だが今日は昨日の朝とは違う。

近くの八幡神社にお参りに行った。

傍らの公園の桜に花が幾つか咲いていた。

冬の日だまりの場所での狂い咲きのようだ。

寒い中にも春の予兆を感じた。

孫をつれた家族が寒い中で、お参りしながら楽しそうに談笑していた。

妻のいない正月も8度目を迎えた。

さみしい正月だがその寂しさも慣れてしまった。

新しい年に期待感は何もないが人生の来し方に思いを馳せた。
あの子供達の年齢の頃、私はあかぎれの手をポケットに突っ込んで、ピューピューと吹き抜ける北風の音を聞いていた。

モズがキキキーと啼く声を聞いた。

落ち葉を焚いたりしたこともあった。

それは遠い昔のこと、随分と長い時間が過ぎ去ってしまった。

振り返ると、悲しかったことでさえ今は懐かしさや感傷的な思いでいっぱいになる。

朝日がまぶしい。これからの人生は神様の思し召し。
 

正月の思い出。

寒い朝、外はまだうす暗かった。祖父が部屋に入ってきて、「早く起きなさい」と言った。

祖父は裏の井戸を汲み取り、その水をまず神棚にお捧げし、東の方に昇る初日に向かって手を合わせた。
祖母は、若水で湯を沸かしお茶を入れ雑煮を作った。

元旦の一番に飲むお茶の中には必ず梅干しが入れてあった。

お節料理も当時は全部祖母や母の手作りだった。

雑煮は田舎風の煮込み雑煮で、大根,人参、ほうれん草などの野菜と、スルメと昆布と椎茸が入っていた。

暮れには隣の家と一緒に餅つきをした。

大きな羽釜が庭に出され、釜に置いた大きなセイロからは白い蒸気が吹きあがっていた。

今は鬼籍の人となった叔父たちが掛け声とともに餅をつく。

つき上がった餅をあんこ餅や醤油餅を食べさせてもらえるのが嬉しかった。

正月の朝は、起きると枕元に新しい正月着、駒、足袋などが置いてあった。

暮れに用意してくれたものだ。

その年、私には新しいセーターと足袋が置いてあった。

紺色のセーターで母が手編みしてくれたものだ。

後々まで私のお気に入りのセーターだった。

何年か経った頃、そのセーターは靴下に編みなおされた。

それを着て外に出た。

当時の子供たちは家の中で遊ぶことはなかった。

お年玉を自慢しあった。

正月松の内が明けると町内では伝統的な行事があった。

しめ縄、お飾り、鏡餅、書初めなどを集めて神の前で燃やすドンドヤキだ。

孟宗竹を中心に立て、その周りに藁や竹を莚で包んだものを立て掛けて櫓の様なものを作った。

この中に正月の飾り等を入れて燃した。

この煙にあたると風をひかないと近所のおばあさんが教えてくれた。

正月にまつわる思い出は尽きない。

今、振り返って感じることは昔の人達は正月の行事や習慣を非常に大切にしていた事である。

1年が去ればまた新しい年が来る。

終わりなき世の目出度さを、身と心を清めて年の神に感謝し、皆で厳かに祝い合う・・・・

昔の正月にはうやうやしさの原風景を見る思いがする。

今年の自分へのお年玉は。世に一番出ているプリウスに変えディーゼル車、CX3にした。

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光陰矢の如し

2017年12月31日 2200時。

今年もあっという間の1年が終わろうとしている。

師走を迎えるといつも感じることだが、一年は正に「光陰矢の如し」。

正月から年の暮れまでは、あっという間の出来事のように思えてしまう。

この時期思うのは、「また一つ歳をとる」と年を重ねることに悲喜こもごもの感がする。

子供のころは人生はよどんだ川の流れににてその場所にいつまでもとどまっているもののよう

に思っていたが、それが50歳を過ぎる頃からまさに激流をくだるような速さで1年があっと

いう間に過ぎ去ってしまう。

体力の方もそれに比例して衰えドライバーの飛距離が落ちたことが悲しい。

せめて、精神年齢だけは大切にしていきたい。

気持ちを若く保ち、何事にも挑戦する情熱を持ち、を抱き、なによりも自分を高める生活

習慣を身に付けたいと思う。

今年1年が良かったかといえば大きな不幸がなかったことはいい1年であったといえる。

来年もいい年になってくれると良いのだが大きな期待感はない。

間もなく去年から今年に変わろうとしている。

去年と今年、何が変わるのか何も変わりはしないが?

節目の日として、何も抱負は思い浮かばないが期待感だけは持つことにしよう

今年の一番の出来事。

帰る故郷がなくなったこと。

さみしい気持ちは大きいが、子供たちに負の遺産は残したくない。

30日には墓掃除を兼ねて息子2人とお参りに行った。

 

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2015年11月19日 (木)

枯れた庭の木

庭で育つ植物たちに、緑の気をもらって心朗らかに、咲く花から癒しを得るそんな暮らがしたい.と願って、暑い夏にも蚊に刺されながら水やりをして手をかけていたのだが草枯らしが多すぎたせいか台杉、金木犀が枯れてしまった。

植木は枯れたがその後2年間は雑草が生えない。草取りをしなくて助かっているが枯れた木を見ると心がめげる。

002早い時期にもう芽が出ることのない台杉は切り倒さなければならない。

その後にはシンボルとなるような木を植えよう。

それまでの間、義兄が丹精した盆栽の松を植えた。

何十年も育てた幹の太い立派なものだが鉢植えでは枯らしてしまうだろうから地植えにして楽しむことにした。

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2015年11月14日 (土)

27回忌

「1年11月11日」本来なら一並びの縁起が良いとされる27年前のこの日、おふくろ は他

界した。

遠来から、いとこ、妹が墓参りに来てくれたので遅ればせながら今日にした。

昨日からの雨は一日中降り続き生憎の天気だが折よく墓所についた時には小雨で 枯れ

た花枝を新しいものにかえ、線香をあげ、手を合わせ日頃のご無沙汰と生前の 親不幸を

詫びた。

生前の親不孝を詫びても故人が喜んでくれるとは思えないがせめて供養だけは努めなけ

れば。

この思いを墓前に祈った。

親孝行したい時にはもう親はいない・・・ 親不孝であったことを悔いても今は叱っても らえ

る親はいないのだと、改めて悲しみが胸にこみ上げる・・・

御墓のお掃除をしながら、 御墓参りが出来る普通の幸せを噛みしめることができた。

墓所は、故人の心と今の自分の心を繋ぐ場所であり、故人と共有した空間を繋ぎとめてく

れる唯一の場所で自分にとっては心の拠り所になっている。

帰りには、家によって仏壇にもお参りをしてくれた。

いつも心配して命日を忘れず墓参りにきてくれる少なくなった親族。

生きているたましいも、あの世のたましいも、同じ「たましい」 大事にしたい。

明日は孫の5歳の祝。

祝のお膳を持ってくることを話すと、二人から「お祝い」をもらった。

神戸、長崎からわざわざ来てもらいその上、祝まで。

恐縮と気にかけてくれる二人に感謝の一日でした。

 

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2015年8月15日 (土)

霊船・送り火

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どうか皆が幸せに過ごせますように・・・・ お守りください。

炎が目印となり 遠い空から此処が見えますように。

私が見えますように・・・・

今日は午後から墓参り。

先日の墓掃除でできなかった刈り取った草を焼き、改めてお参りした。

13日には長男が孫をつれ墓参りに行こうと言ってきたが・・・・・・・ 一人で

帰りの夕方には昨年7月15日、81才で逝去した叔父の初盆に。

子供のころよくいろんなところに連れていってくれた親身な叔父で昔話をよく聞かせてくれた。

もう聞くことは できない。

家さきで送り火を焚き、墓所までの道に108本の蝋燭をともす。

我が家の送り火もあるので早々に失礼した。

帰宅後、庭に送り火を焚きお供えしていたものを真菰に包み近くの公園に作られた精霊受付

所に持って行った。

受付所には録音された般若経がながされていて、厳かな気持ちで用意されていた線火にを

移し、お先祖に感謝の気持ちで一心にお祈りをした。

子供のころは墓参りの後、道々に灯りをともしその墓所の火を自宅の祭壇に移し祀ってい

た。

そうした宗教行事も 今はすたれてきた。

実家を手放し、遠い故郷ではご先祖様もこの明かりに気が付いてくれないのではと・・・・・・

けじめの意味もこめ、揺れるはかない灯りに詫びた。

 

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2015年8月11日 (火)

盆棚経

8月11日 お盆棚経に住職が来宅。

一心欲見仏  不自惜身命

(一心に仏を見てたてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまず)

仏法のために一途に仏様を喝仰し身命を惜しまず精進すること。

仏壇から位牌をだし精霊棚に飾りつけをするのが本来のようだが、我が家では仏壇の前に

真菰のござに果物などときゅうりでこしらえた馬を飾りつけた。

住職の読経に静かに手を合わせ先祖を忍びながら一心に「南無妙法蓮華経」と唱えると思い

のほか清々しい気持ちになった。

夕食後、縁側にはご先祖様が戻り先を間違わないように提灯に明かりをともし、少し早いが

迎え火を焚き先祖の帰りを待った。

「迎え火」という優しい言葉が心に心地よく響く。 風習も良い。 

庭先でも燃える幻想的な灯りが揺れる。

障子を開け、仏前に手を合わせ線香をあげた。

線香の香りとゆらゆらと揺れる煙はいつものものと違う、なぜかはかない。

家系を継承することは難しい世の中になったがせめて自分が元気な間だだけは先祖供養の

行事は続けたいと思う。

先ごろ墓掃除はすませてあるので今度お参りは15日に予定している。

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2015年6月22日 (月)

墓参り

子の年を数うる如く数え来て墓前に指折るはや27年

曇り空で雨を気にしながら、今日は一人で墓参りに行った。

守ることのできなかった古い家は群馬から移住して住んでもらえることになった。

17日に移転登記が終わり人手に渡ってしまった。

先祖には手放すことを侘び新しく住んでくれるひとの長い幸せを念じた。

何が哀しいのか涙がこぼれた。

暇を告げて立ち上がった頬に冷たいもの。

一粒二粒の雨が。

先祖の悲し涙か!

改葬により点在していた墓所が一か所になったことのうれし涙。

と 自分勝手に解釈しながら、お墓を辞した。

今度は梅雨明けにきます。

刈捨てたままの草、竹を焼ききれいにした後、梅を植えよう。

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