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2013年9月23日 (月)

墓を守る負担を子供に残したくない

9月23日、田舎の墓には今年も例年のように真っ赤な彼岸花が咲いていた。

畑の草刈り、自宅の庭の周りの草取りをあわただしくすませた後お墓参り。

先祖の墓前に手を合わせた。

「宝くじが当たりますように」などの現世的なことをお願いはしない。

今あることを心から感謝し揺らぐ線香の煙に、ただ感謝の念を伝える。

自分の周りの親族は年の経つとともに少なくなっていゆく。

このままではいつの日か家名さえ継承する者もなく途絶える日がくるのでは、と不安になる。

墓所は故人を偲ぶ場所としては有効な存在だが、骨壺に収まった故人がそこにいる訳では

ない。

墓所に赴いてもそこにあるのは故人の遺物であって故人そのものではない。

語りかけても問いかけに答えるのは常に自分の心の内に存在する故人である。

亡き人を偲ぶ気持ちは誰にも負けないが、「個」にとっての墓は「生きた証」や「死後の住処」

としての要素が濃い。

自然環境と共生する終の住処の有り方を考える段階にあると考えたほうがよいだろう。

少子高齢化、核家族化、都市化、単身化などの諸々の社会的状況を背景にして、従来の墓

のあり方がそぐわなくなくなっている。

儀礼的な墓守りや墓参りやが負担になってきていることはたしかだろう。

う~ん。供養とはなんなんかな~~~?

人の死が家系や先祖から離れて純粋に個人の死として弔われるようになってきている。

無縁墓にはしたくないが今の苦労を子供にはさせたくない。

帰宅後は、久しぶりに子供たちと外食。

妻が健康な頃にはよく家族で外食していたが、家族の欠けた食事はさみしい。

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