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2012年11月19日 (月)

転院

15日 これまでの病院が3年を経過した。

医療制度の下、致し方なくケースワーカーの紹介で療養型病院に転院した。

命・・・・・

尊厳・・・・・

これまで何度も命の危機を脱してきたが今のような状態を妻が望んでいたことなのか。

一日でも長く家族のそばにいて欲しいと願ってきたが。

このまま延命処置を続けることが妻にとって心地よい環境なのだろうか?

スパイラルドレナージ、気管切開、脳の抑制、肺炎、胃瘻造設

何度も死を賭した手術に耐え!

繰り返し起こる脳内発作により今は、居場所・家族のものさえわからない認知症がすすみ

生の尊厳もない。

時に笑顔が、

時に語り掛けてくれ

時に、好物を食べさすとおいしいと喜んでくれた。

その様子に支えられて毎日を送ってきた。

多くの場合、本人は意思表示が出来ない状態にありすべての選択は夫である私がしてきた。

初めて、今度の病院で先生から生の選択を迫られた。

「いつ発作が起こるかわかりません。その場合延命処置を望みますか?」

「誤嚥性肺炎を起こす可能性もあります」

と質問された。

それは「生きてもらう」判断と「死なせてしまう」決を託されたことになる。

発症以来、間もなく4年がくる。

闘病中、妻の夢を一度も見たことがない。

それは片時も妻のことを忘れたことがなかったから。

いつも胸中にある妻は夢に出てこない。

時々見る夢は、ある日突然・・・・・・

「探さないでください。私は元気にしています」との書置きを残していなくなった夢。

これほど辛いことはない。

死んでしまったのなら諦めることもできる。

どこにいるかわからないのは見捨てられたようで寂しい。

妻にはこれまでよく病気と闘ってくれたと心から感謝している。

人生は本人のもの、「これ以上の延命処置は不要です」とお断りすることを先生に伝えた。

これは、どんなにつらくとも命の尊厳を医師に託すということだ。

生きている喜びを感じているとも思えないこのような状態で生き延びることを望んでいるとも

思えない。

これを宿命というなら・・・・

これを運命というなら・・・・

人生の分岐点に立った時、


妻の運命をあるがままに大事にとどめることも大切なのかもしれない。

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