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2009年4月

2009年4月29日 (水)

サーブ4が発令

昨日は、久しぶりにフィットで濃厚に動いたせいか今日はちょっと体がバリバリしている。
5日、6日のレンランを前に、少し調子を確認しておこうかと思い30分ばかり練習場で・・・
・・・と思ったけど、やり始めたら60分100球と、疲れた体にはすこしオーバーワークに。
  • 余計にバリバリになっちまったぁ~。。。 ww

    ジムの効果で体重、血圧の調子がよくなったが、ゴルフに反映されない。
  • ショットメーカーでないとはいえ好不調の差が多き過ぎる。
    先日のラウンドではなんとか100きりはしたものの大きく90を超えてしまった。
    ウェッジでスコアーメイクをするタイプとはいえ、あまりにも荒いゴルフにわれながらふがいない。
    【 次戦・スイング注力ポイント 】
    ■ テークバックの始動は右股関節に体重をのせてゆくところから
    ■ 背中を軸に回転して飛球方向に向ける

    豚シャンクの感染予防策の強化について保険機構はサーブ4を発令、感染予防に注意を喚起した。
    日本では現段階で感染者の報告はないが
    会議では「わが国に侵入する可能性を排除せず、警戒を怠ってはならない」との指示が出された。
    豚シャンクには、タミフルやリレンザの効果が確認されていない。
    いったん感染が広がると、深刻な事態に陥ることが必至。
    同会議は「早期の発見、報告、診断、隔離、治療」を徹底し、感染が疑われる症例が発見された場合、直ちに公表するよう指示した。
    GWがゴルフウィークの人はゴルフシャンクに要注意だ。
    警戒レベルの引き上げを受けたゴルファーは特に注意が必要である。
    このシャンクは一度感染すると止まらなくなる。

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    2009年4月27日 (月)

    花は時期が来れば散る

    Cocolog_oekaki_2009_04_27_20_35
    4月26日 曇り
    時々強い風が吹く寒い1日、朝から剪定と鉢植えの花土の手入れをして1日を過ごす。

    008

    桜の開花から少し遅れた4月始め頃から約1カ月の間、目と殺風景な裏庭を華やかに彩ってくれた黄梅が昨日の強風で花を散らせ始めたので剪定した。

    Photo_3

    咲かせるコツは何もしないことかも知れないと思いつつ、思いっきり切り落とした。

    来年も花を咲かせてくれるだろうか。

    どんな雑草でも時期がくればだまって自分の花を咲かせ自分の実をつける。

    枯れてしまって
    何も見えないその場所に
    時期が来れば花は咲く

    今は何も無い
    明日が見えない
    と思っていても
    花の咲く力が眠っている

    時期が来れば花は咲くのだ
    何もできないときは
    できないのだからしなくていい
    やがて時期が来たぞ、と花は咲くのだ

    妻は、今日からまた市民病院へ転院。
    昨日はこちらからの話しかけに僅かに反応を示し、何かを言いたいのか口を動かしたような気がした。
    入院給付金が振り込まれたので入院費のことは心配しないでゆっくり治療を受けるのだ。
    というとなにかほっとしたような表情に見えた。

    脳の意識レベルは低いがやはりお金のことが気になるのか・・・・・・

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    2009年4月26日 (日)

    雨の日に県外遠征

    1週間をゴルフのラウンドから始め、ゴルフが人生命と考えている自分に雨で中止という選択肢はない。
    どんな天気も、それなりに楽しんで行くべきだと考えている。
    雨の日には雨の中を
    風の日に日は風の中を
    雨の日を、天気の良い日と比べて「悪い日」だと思う、自分中心の考え方を改めることが大切だ。
    雨の日には、雨を、そのまま全面的に受け入れて、雨の中を雨と共に生きる。
    風の日には風の中を、風といっしょに生きてゆく。
    特別な事ではなく、ごく当たり前に生きてゆけば良い。
    これは常に前向きで積極的に生きるということだ。

    数日前の天気予報では、25日(土)は全国的に大雨、午後には当地方では雨も上がり曇りとの予報。

    ということで急遽、前日午後からは西から雨も上がることを期待して広島県の白竜湖カントリークラブに変更することにして午後からのスループレーをエントリーした。
    高速料金が1000円、一律ということで躊躇なく変更。

    ここは以前長い間、男子プロのトーナメントが開催された名門で歴史と伝統のある格式の高いクラブと認識していてぜひ一度挑戦してみたいと考えていたコースだ。


    約2時間ほどで到着。
    到着後、昼食をとりスタートの頃には雨も上がり時折晴れ間も見える。
    レストランから見える10番ロングは510ヤードの上り。
    周りの山は新緑に彩られ、その景観にやる気を起こさせられる。

    コースは比較的フラットでフェアーウェーも広く距離もあるチャンピオンシップコースだ。
    Photo_3 趣のある茶店

    Photo_4

    春の訪れを知らせた黄色い花も今はうすむらさきの花に変わりその彩りは控えめだが輝いている。

    Photo_5 Photo_6 萌黄色の木々もわずかづつ違いを見せる

    私のゴルフはショットメーカーのようにアイアンショットの切れ味鋭く攻めのゴルフをするタイプではなくウェッジでスコアーメイクをしてゆく我慢のゴルフタイプなのでその日のできはすべて寄せとパットで凌いでゆくことになる。

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    光と影、忍耐と勇気

    暖かき 家族のありて 日々の妻 命ありし ことぞ嬉しし

    「英雄ポロネーズ」
    この曲を初めて聴いたのはドラマ「赤い激流」だった。
    主役の水谷豊がピアニストのショパンコンクールに出場するために「英雄ポロネーズ」を練習していて、毎回耳にしていた。
    毎回、耳にしていたとはいえ、この曲はとても印象に残る力強さがあるような気がする。
    この曲を聞くたびに、様々な情景とともに自分の様々な努力の日々が瞼に浮かぶ。
    そして、緊張から解き放ってくれる。
    出だしの雰囲気から、突然光が差し込んでくるようなところがある。
    そこにたどり着いた時のホッとした感じ。
    それが何回か繰り返されて最後は又激しく終わる。
    そのどんよりとした箇所があるおかげで、光輝かしいところがより輝き、より心に響いてくる。
    人生もそんなものかな と思う。Photo_2

    人生は光と影の繰り返し。
    片方だけの単調なものではない。
    喜びと悲しみ、健康と病気、晴天と嵐、こうした対照的な体験の中でこそ進歩が得られる。


    良いことだけ、悪いことだけが人生ではないことを信じよう。

    辛いこと、悲しいこと、苦しいことにも神が宿っている。

    再発→脳の抑制(鎮静)→解除→呼吸器からの離脱まで1ヶ月を過ぎようとしている。
    10日ほど前から指先に僅かの痙攣が見られるが脳の重積痙攣は微弱に治まりわずかな量の酸素吸入を受けているが今は1日の大半を自呼吸で過ごせるようになった。
    時には、動作、反応など日々触れる中で、あれ、元に戻ったのだろうかと、目を耳を疑うことがしばしばある。
    そんな時には、繰り返し聞いたり、話し掛けたりしているが、無駄であったときの空しさは、一段と悲しみを募らせる。

    先日、病状説明があり「MRIの検査結果では痙攣の痕跡は認められない」
    「このまま治まってくれたらいいのだが・・・・・」
    それ以上の説明はなく、治まらなければどうなるのかの質問に・・・・・・・


    「植物人間になり脳死の状態になる」

    本当に医師というものは人の痛みをなんとも思わないのかその回答は実に冷ややかなものだ。
    なんとか、治療法はないものかと一生懸命模索はしていただいているが痛みを自分のものとすることはない。

    これから先、死を待つのみの日々であろうとも、一年でも二年でも、一日でも二日でも現状をとどめてくれることを祈るのみである。

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    2009年4月18日 (土)

    求めない心・・・・

    周りの山は色とりどりの木々が芽吹き、緑色の若葉に姿を変え霞のなかでもこもこと笑っている。
    雑木林の落葉樹も、少しづつ微妙に違う緑と、つつじの紫が入り混じった優しくやわらかい色合いの春の山に変わった。
    その景色から、長くて厳しい冬をくぐり抜けてきた逞しさをイメージすることはできない。
    冬が厳しかったからこそ、春の暖かさを待ち焦がれて、草木が嬉々としているのだろう。

    4月18日、新緑に雲ひとつない古代吉備の国の丘陵地に展開する国際ゴルフクラブの18ホールは晴れた空のブルーをバックに綺麗なコントラストを見せている。
    やわらかいグリーンやピンクのバックは、昨日の雨が一層際立たせ、芽吹きの色は豊かな生命力を感じさせる。
    この新緑の萌黄色の山のことを万葉の人は「山笑う」と詠んだ。
    紅葉が終わったあとの冬の山は「山が眠る」という表現する。
    日本人の自然や季節の変化に対する感性をこういう言葉で表現する文化をこれからも大切にしてゆきたいと思う。

    1月は「求めない―それは自分を大切にすることだ」
    2月は「求めない―すると求めすぎていた自分に気づく」
    3月は「求めない―すると自由になるよ! その自由からエナジーが湧いてくる」
    やがて、つつじが満開になり、そして緑は一段と濃くなってゆく。

    ここ2週のラウンド結果は不満の残るスコアーだった。
    実力以上のものを求めた結果がそうさせたようだ。

    その反省の下で、1週間ジムとレンジに通い今日のラウンドに備えたこととラウンド中いつも実力以上の結果を求めないということを念頭にした結果、20数年ぶりのスコアー更新ができた。

    アウト  38(15)ツーボギー(ワンパット×4)
    イ ン  37(15)ワンバディー、ツーボギー(ワンパット×3)
    トータル 75
    スリーパットなし。ロングパットの距離感と苦手な1メートル前後を全てクリアー。
    ラッキーにも助けられた。

    先週、先々週と不安定だった、新兵器、ドライバーとパットの感覚が掴めたことが好結果につながった。
    ツアーステージGR、注文時からりシャフト

    Photo_7

    ツアーAD5S、オリジナルは45.75インチを45.25と少し短めで総重量は軽くした。

    Photo_8

    インが出し易く距離感も安定した。
    ドライバーの飛距離はキャリー、ランとも少し伸び目標の300ヤードをクリアーした。
    ただし100ヤードの許容範囲を想定したもの・・・・・・
    最高400ヤードから最低200ヤードはヨシトスル。

    普通、230ヤードを平均。

    Photo_9

    14番/バーディーホール。

    右の山中腹を狙い残り70ヤードを50センチにつけ、ラッキー・・・
    OBとベスポジの天国と地獄。
    バーディーを予告してのティーグランドの光と影。

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    2009年4月 8日 (水)

    こぼれ花

    桜花今ぞ盛りと人は言へど我れは寂しも君としあらねば

    灰色の空がいつの間にか澄み切ったあお空に変化した頃桜の花が咲いた。
    我が家の鉢植えの梅の木は花が終わり今は小さな実を二つだけつけた。
    黄梅も今が満開。
    日当たりの悪い北の空き地に植え替えてから咲くのは遅かったが、今年は多くの花をつけてくれ華やかに彩っている。
    その他に鉢植えのチュウリップが咲き始めた。
    庭には、ムスカリ、野菊(?)のこぼれ花が咲いた。
    花は暑かろうと、どんなに寒かろうと、日照りだろうと、季節がくるとちゃんと咲いててくれる。



    妻の重積痙攣が再発して10日を過ぎた。
    その間、脳の鎮静・抑制をかけてきたが痙攣が未だ治まらない。

    このまま抑制を続けるのは体力も落ちてきており心臓の負担も大きいということで今日から抑制を解除することになった。

    今以上の痙攣が続くようだと脳死ということになると医師から宣告された。
    脳死・・・・・・その意味を問いただすことはできなかった。

    なんとかもう一度目を覚まして欲しい。
    その時は今度こそ少しでも楽しい思い出を作ってあげたい。

    「男が目的のない穴をほり続け、ほり終わると埋める。という作業を一生続けて死んでいった」という本を読んだことを思い出した。

    実際には、その男だけが生きる目的といものの本質を知っていたのではないかと締めくくり本は終わるが、それが何であるかの解説は無かった。

    こぼれ花

    目立たないところで懸命に咲いている花のように、最後まで一生懸命に生きる。
    意識の薄い妻に希望を持って欲しい。
    あきらめるな。

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    2009年4月 4日 (土)

    重積痙攣の再発

    これまでの経過

    3月29日(日)朝、主治医から電話。

    「朝から痙攣重積状態が続いている。ICUに入室して痙攣を押さえる処置をしたい。」
    旨の連絡があった。
    (今まで痙攣を抑えることはできたが、原因を排除していないので予想はされていたがこんなに早く再発するとは。)

    3月30日(月)
    痙攣が治まり一般病棟に移動する。
    明日からはまた、経口で食事を取ることができるようになるとの説明があった。
    (ひとまず安心)

    3月31日(火)
    昼過ぎから再度痙攣がはじまり,ICUに再び移動。
    強い薬を静脈から注入して脳の活動を抑制。
    呼吸が停止するので人工呼吸器で呼吸管理を始める。
    (今回は気管切開をしておりのどから管を入れる必要がないので楽に行なうことができる)

    4月1日(水)
    小さな痙攣が続いている。
    4月3日(金)
    痙攣を止めることができない。
    (高度救命治療のため岡大病院へ転院)

    担当医師から、
    「できるだけのことはしていきたいがこのまま痙攣が治まらない場合のことは考えておいてください。」

    はっきり言って欲しいが聞くことはできない。
    覚悟はしておけということなのだろうか?
    止まらない場合、呼吸器を外せば、呼吸が停止することになるのだろうか?

    あれほど元気になっていたのに・・・・・・・

    食事も流動食から直接食べられるようになり、言語もずいぶんはっきりしてきていたのに。


    この現状には既に慣れてはいるし、受け入れるしかないのは事実でも、やっぱフラストレーションが溜まる。

    こんな思いは自分だけで充分だ。
    息子達にはしばらくの間黙っていよう。
    成人したとはいえ、現状の重さを背負うには可愛そうすぎる。

    この4ヶ月の闘病生活が次から次へと頭の中をかけめぐる。 
    リハビリが始まり、握力があると言ってやると得意げな笑顔を見せてくれたこと。
    一緒に発声練習をしたこと。
    手足をさすってあげたこと。
    コミュニケーションがとれないことでいらいらがつのり怒った時の事。

    初めて話せるようになった時のこと。
    鼻の管を自分で抜いてしまったとき、半分まで抜いてここまでは良いんだとこまった顔をしていたこと。
    経口で食事ができるようになった時のこと。
    少しの希望と多少の不安の中に幸せとは、生きることとはについて考えさせられたこと

    なぜか元気であったころのことより闘病中の出来事が次々と思い出される。
    家族皆が妻の回復を祈った。
    そして妻も病と闘ってきた。

    なぜ、・・・・・・・・
    脳の障害がありながら妻は「どうして私だけがこんなに苦しまなければいけないのか」といったことがある。

    ほんとに病魔は不条理だ!

    勝って気ままに暮らしてきた私にとって妻の存在は、安心して心許せる穏やかな湖のように自然であった。 
    自分を飾る必要もなく普通の会話をし普通の生活をしていた。 
    今となってはその時が一番幸せだった。 
    幸せと感じるのは幸せな時にはなかなか感じる事が出来ないのではないだろうか。 
    人の不幸を見て自分達が幸せだと思うのはあまり好ましいとは思わないが、今の自分にとって何が幸せなのかがやっとわかった。 
     
    妻には元気になてもらおうと懸命に努力してきた。 
    前向きに考えようとずっと妻に言ってきた。 
    今はその言葉を自分に投げかける。

    一縷の望みを・・・・・
      

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