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2007年10月 4日 (木)

異常なまで暑かった夏も終わりようやく秋の気配を感じるようになった。
まだまだ昼は暑いが、夕方庭で秋の虫の声がした。
ベッドに寝っ転がって、窓を開け月を見ながらただ虫の声を聞いているというのもいいものである。


くろがねの秋の風鈴鳴りにけり

秋になるとなぜかこの句を思い出す。
「くろがね」という響きがいい。
風鈴は夏が出番。もう秋でお蔵入りの季節だというのに、この重厚な風鈴。
秋の風を待って、初めて鳴った。
渋くて、深くていいなあと思う。
鉄はくろがね、銅は赤がね、銀はしろがね。どれもいい。
大雑把に核心をとらえて、どれもいい。


夏の後ろからは、ゆっくりとだが、確実に秋の足音が近づいている。


 ――なーんて書くと、いかにも随筆風だ。照れてしまう。

 今、真っ赤になりながら、これを書いております。


人の一生を季節にたとえると、四季青春・朱夏・白秋・玄冬)


萌え出ずる春の初めに、故意か偶然か、萌え出ずった父母によってこの世に生を受け、思春期なんていう春を思って悶え苦しむ時期を送った、

新生日本の先駆けとならんと死を賭して過ごした青春時代。

晩夏から初秋は三十台で、秋は中年、冬は老年、というのは、まあ、これまたいささか紋切り型だが、割に合っていそうである。


秋になると、木の葉も色が変わり、やがては散っていくのも、そぞろ哀れを催す。
中には、夏の頃からだいぶ散っている人もいるが?
そういう年齢による決めつけはいかん! と考える人もいるだろうが。



決めつけが気に入らなければ、従わなければいいだけのことで、秋にかき氷を食べるなり、冬の日本海の荒波で唇を紫色にしてサーフィンするなり、勝手にやればよい。骨までかじかもうと、岩にたたきつけられようと、・・・・・・・

冬の鍋でふわーっといい心持ちにヨッパラって、何となく死んでた、なんていうのが理想だ。

まあ、なかなかそううまい具合にはいかないものらしいが。


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