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2007年2月15日 (木)

空花乱墜(くうげらんつい)

最近読んだ本「空花乱墜」(くうげらんつい)
『眼中に空花を現成し、空花中に眼を現成する』
作者・立原 幹は、芥川賞、直木賞を受賞した流行小説作家立原 正秋の愛娘。
正秋、没後22年に捧げる。追悼の小説。

主人公の透子は、取材で訪れた室生寺の釈迦如来の包み込むような眼差しとふくよかな顔に優しさと慈悲を感じる。そんな釈迦如来を見ていると
”いずれ、そう遠くない日に、あなたに傅く身になれますように”
と思うようになる。
ある日突然、視力の低下する不治の眼病に襲われ、仏に仕える身になれば人の手を借りることの苦痛も和らいで生きていけるのではないかと、如来の持つ優しさ強靭さがより大きな存在となる。
老師から「一翳在眼」(現実に見たものだけを見たというのではない)を教えられる。
形があるものだけを見たというものではない。
形のあるものは見えて当たり前で、形のないもの見えないものを見るのが、見るというものだと聡される。


人間はすべて煩悩のようなものだ。断ち切る煩悩などない。煩悩をなくすことは死ぬことだ。
悟ったとか、捨てたとか拘らなさを演出するのは「到達無花」というもの迷うのもしかたがない。

最初に見た色は決して色あせない。眼の記憶が自分の中にどれほど大きなものか知り、記憶が景色、色、その場所の空気の流れ、すべて忘れることなく残っていた。
記憶と眼の記憶が繋がり今では見えない距離の中にも見ることができる景色があると感じて釈迦如来に傅く道を選び室生寺の門に立つ。

老いた両親と恋人は帰ってくることを祈る。

すこし、ひつこさを感じたが絶望の中にも光明があると教えたのではないかと・・・・・

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コメント

人生の哲学、人生が哲学。

ゴルフの鉄学概論、鉄学実習。
優でなくていい
可でいいから単位とりたいwww

投稿: ま | 2007年2月16日 (金) 09時36分

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