妻の闘病記

08年11月遷延性意識障害

2016年7月15日 (金)

発作

8年前に発症した発作が約半年の重篤状態を切り抜け安定していた病状が、今日は遺漏交換のため投薬を昨日から止めていたためか、正午過ぎに軽い発作が起きた。

急きょ遺漏交換を中止し抑制の点滴を行った結果発作は1時間ほどで治まった。

たまたま、見舞いに病院へきていて最初からその様子を見ていたが、呼吸が苦しいような発作状態を見ていると、この状況はいつ起きるかもしれないと感じた。

やはり予断は許されないようだ。

今年に入って2度の肺炎。

よくある誤嚥性のものではなく、栄養不足による体力の衰えが原因のようだが?

いつか、重い肺炎を患う時があるかもしれない。

発作が治まったころ声をかけると、笑顔でうなずいた。

何かを話しているが、声にならないので意味を理解することはできない。

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2014年11月22日 (土)

6年ぶりの帰宅

H8年11月23日突然妻を襲った病魔との闘病生活が6年を迎えた。

遷延性意識障害(植物状態)が約半年続いた後、その後は重責痙攣発作もなく病状は安定

した状態が続いている。

看護師さんの気遣いで外出が許可され6年ぶりに帰宅した。

あらかじめ外出して帰宅することを妻の友人に連絡していたので7人の人が見舞ってくれた。

後遺症による重度の認知障害のある妻だが、元気そうな状態をみて声をかけてくれる友人に

笑顔でうなずいていた。

多少は覚えていたようだ。

食べることも、話すこともできず、認知状態も良くない。

家族のものでさえ覚えていない状態で優しく声をかけてくれる人に笑顔で応える姿はうれしか

った。

約2時間の外出で帰路車窓から外を見ていた顔は少しの間でも家にいた時の表情と違った。  

さびしそうでもあり、珍しいものでも見ているような・・・・・・

抗てんかん剤投与のため一日の大半は寝ている。

見舞っても起きなかったときはさびしい。

Photo

お見舞いの花と果物

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いただいたリンゴをすって飲ます(20CC)

おいしいと笑顔。

必要に充分な水分は胃瘻から摂取しているが、経口からのものでないので口内(舌)が荒れ

ている。

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2013年4月14日 (日)

さくらまつり

薄紅色の花びらが風に揺れていた。

ひとひらの花びらが散った。

「今年もきれいに咲いたね」。

看護師の一人が病棟から見える庭の桜に、そっと笑みを浮かべた。

庭に咲く枝垂れ桜が患者の心を和ませている。

妻を車いすに乗せ庭に下りさくらの木の傍につれて行った。

妻はさくらを見て微笑んだ。

もう二度と家に帰る日はないだろうが、さくらを見てきれいと感じてくれることがうれしい。

4月13日、天候の都合で延期されていた入院患者を励ます「さくら祭り」が行われた。

病院職員が患者のストレス解消になればと勤務の間、練習した、歌、踊りなどに患者は喜び

元気だったころのことを思い涙を流しながら観賞した。

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妻も演技が理解できたのか笑顔で観賞した。

今日は孫が見舞いにきてくれた。

孫の名前を呼ぶと笑った。

うれしそうだった。

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2012年11月28日 (水)

4年 病床の妻への思い

部屋の中まで光を射すような明るい晩秋の満月。
何百年、何千年と何人もの人の命が、幾年生きるもの達が、この月を見つめて来たのだろう。
人の営みの切なさと連綿たる生命の歴史を見続けてきた月。

4年前の今日、妻は突然の重責痙攣に見舞われ倒れた。

妻に感謝の心をどう示そうか
どんなに思ってもわかってくれることのない妻のことを考えながら

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2012年11月23日 (金)

転院 枯葉に憩う

転院後1wが経過した。

スタッフの対応が気持ち良い。

妻にも病院が変わったことがわかるのか環境が変化したことのせいか以来、笑顔がない。

一日のほとんどを寝て過ごしているようだ。

一日も長く生きていて欲しいとは思うが・・・・・・

命の尊厳を考えるなら、今の環境は決して好ましいものではない。

今日は夕方、見舞い声をかけると初めて目を開いた。

車いすに乗せ、1階の庭に下りる。

枯葉が時折舞っている。

葉を落とした桜の枝を見ると小さな芽がついている。

すでにはやがて訪れる春の準備をしているのだ。

一輪の花を折り妻に渡すと笑顔で受け取ってくれた。

花が好きであったから。

さくらの落ち葉と一輪の花をコップにいれ枕元に

Sakura

Hana

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2012年11月19日 (月)

転院

15日 これまでの病院が3年を経過した。

医療制度の下、致し方なくケースワーカーの紹介で療養型病院に転院した。

命・・・・・

尊厳・・・・・

これまで何度も命の危機を脱してきたが今のような状態を妻が望んでいたことなのか。

一日でも長く家族のそばにいて欲しいと願ってきたが。

このまま延命処置を続けることが妻にとって心地よい環境なのだろうか?

スパイラルドレナージ、気管切開、脳の抑制、肺炎、胃瘻造設

何度も死を賭した手術に耐え!

繰り返し起こる脳内発作により今は、居場所・家族のものさえわからない認知症がすすみ

生の尊厳もない。

時に笑顔が、

時に語り掛けてくれ

時に、好物を食べさすとおいしいと喜んでくれた。

その様子に支えられて毎日を送ってきた。

多くの場合、本人は意思表示が出来ない状態にありすべての選択は夫である私がしてきた。

初めて、今度の病院で先生から生の選択を迫られた。

「いつ発作が起こるかわかりません。その場合延命処置を望みますか?」

「誤嚥性肺炎を起こす可能性もあります」

と質問された。

それは「生きてもらう」判断と「死なせてしまう」決を託されたことになる。

発症以来、間もなく4年がくる。

闘病中、妻の夢を一度も見たことがない。

それは片時も妻のことを忘れたことがなかったから。

いつも胸中にある妻は夢に出てこない。

時々見る夢は、ある日突然・・・・・・

「探さないでください。私は元気にしています」との書置きを残していなくなった夢。

これほど辛いことはない。

死んでしまったのなら諦めることもできる。

どこにいるかわからないのは見捨てられたようで寂しい。

妻にはこれまでよく病気と闘ってくれたと心から感謝している。

人生は本人のもの、「これ以上の延命処置は不要です」とお断りすることを先生に伝えた。

これは、どんなにつらくとも命の尊厳を医師に託すということだ。

生きている喜びを感じているとも思えないこのような状態で生き延びることを望んでいるとも

思えない。

これを宿命というなら・・・・

これを運命というなら・・・・

人生の分岐点に立った時、


妻の運命をあるがままに大事にとどめることも大切なのかもしれない。

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2012年7月20日 (金)

胃瘻造設後に笑顔を見せた

妻に嚥下障害があったわけではないが、服薬、摂食を拒むことが多く発作の抑制のため致し方なく胃瘻造設に同意した。
年老いた老人と違い栄養障害を避けるためもある。

認知症害のある妻に手術の選択能力はない。

意識のない間に手術は行われ何があったのかさえも理解できない。

術後1Wが経過したころ、それまでの経鼻摂食から胃瘻による経管摂取に変えた。

抑制の薬の調整のせいか、栄養が足りたせいか目を開けたとき手術について頑張ったことを励ますと、笑顔でうなずいた。

笑顔を見せたのは桜のころ野に咲くこぼれ花に感激した時以来のような気がする。

笑顔はうれしいが胃瘻については、もう少し介護の努力をして欲しかった。

人間は、
「食べるために生きるのか」
「生きるために食べるのか」
と考えたとき、食の楽しみを失うことの失望は大きい。

今日は先生から嚥下障害があったわけではないのでコーヒーが飲みたければ飲ませてください。との説明がありそのことを妻に伝えると笑顔で話しかけてきた。

何を言っているのかわからないがその瞬間は認知症がよくなったのではとさえ思えた。

摂食の自由がない妻だが生きる喜びを感じとって欲しい。

家族のために。

昨日は朝からよく晴れて、竜の口の裾野から朝日が顔を出したとたんに30度を超す猛暑日。
国際のラウンドでは、ばてた・・・・
流れる汗が目に入り開けていられなくなった。
眼科で目薬をもらった。

汗対策を考えなければ・・・・・

今日は不規則な天気で道にたまるぐらいのゲリラ雨も地熱が高くすぐに乾いてしまうほど温度は上がっていた。
蒸し暑い日だった。

夕方近くに東寄りの風が強めに吹いても気温が下がらず蒸し暑さは変わらなかった。



国際GC、スタートホールに咲くのうぜん蔓

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伸ばした蔓の先端にたくさんの蕾が付き、その重みで蔓は下に枝を伸ばし、オレンジ色の花は空に向き咲く

わずかな風にも、ゆら~りゆら~り!

秋ごろまで橙色の大きな花が咲き目を楽しませてくれる。

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2012年7月15日 (日)

アサガオ

今年こそはと植えた夏の花アサガオ。
朝起きて真っ先に窓をあけ、今日は何個咲いたか
これぞ夏の喜び! 涼しくさわやかな朝の空気に注ぐ朝日に映える。
今朝は三輪の花が咲いた。
淡いピンクに、白の曜がくっきりとして、さわやかな花、たった三輪。
蕾をつけているのに、ちっとも気がつきかなかった。
これから先、次々に咲いてくれたら良いが。

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今年も早や6ヶ月が過ぎた。
梅雨の只中だがやまない雨はない。
梅雨の間の晴れ間の5月晴れのような天気もあることを信じて。

新たな月を迎え、不言実行・不撓不屈の精神で頑張ろう。
固い意志というものは深く心に秘めて・・・・・・絶対、口外無用のものだ。

どうなるか解らない将来を思い悩むよりは今日を大切に生きよう。

心配していた妻の体調がだいぶ回復した。
17日には療養型の元の病院に帰ることになった。

4日ほど前、目を開けたので、よく頑張ったなと問いかけると久しぶりに笑顔で応えた。

何も知らない間に自分の意思に関係なく5時間もの手術をされ思いを伝えることもできない妻がよく頑張ってくれた。

もう4年になるが健康であったころのことを思い出すことはほとんどない。
闘病のことのみで、苦しみと、生きること、の葛藤で毎日がさみしい。

苦しみを表現することもできず家族のために生きていてくれる。
妻の頑張りに感謝しなければ・・・・

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2012年7月 3日 (火)

人間の尊厳と延命治療

2~3週間くらい前から食事を拒否?
呑み込みができないのか気が付けば口の中にほおばっている日が続いた。
医師から「胃瘻」の設置を進められそれを承諾したが、

周りの胃瘻をした入院患者の様子を見ると人間の尊厳を感じることができない。

意識のないまま一日を生かされ過ごす毎日、本人の意思に関係なく。

食は生きていくうえで大変重要な行為。

生きるために栄養を補給するのではなく生きる楽しみとしても食事はあると考えるから。

NHKクローズアップ現代 「人生の最期 どう迎える?~岐路に立つ延命医療」を観た。

 延命治療、中でも特に胃瘻にスポットライトが当てられていた。

必要な栄養補給を胃に穴を明けて送り込むもので、そのことによる延命効果は非常に高い。

しかし考えなくてならないのは「胃ろう」は始めた以上、それをやめるということは本人の「死」につながる。といいうこと。

そして、多くの場合その時に本人は意思表示が出来ない状態にあるだろう。

今回は「胃ろうをする」判断で少しでも妻の入院生活を楽にしてやりたいとの思いから、つける判断をしたがいつの日か「胃瘻やめる」決断をせまられることを考えると、それで良かったのかと迷う。

それは「生きてもらう」判断と「死なせてしまう」決と言っても過言ではない。

発症以来間もなく4年がくる。
妻にはこれまでよく病気と闘ってくれたと心では感謝している。


が、

しかし、人生は本人のもの

延命治療について、あるいは胃瘻について、妻は望んでいたんだろうか?


先生の説明時、何かを訴えようとして話しかけてきたのはおそらく手術を頑張ると訴えていたものと信じている。

つける判断を選択したのは自分。

これからはどんなにつらくともすべての延命行為を受け入れいていく責任を負ったことになる。


そして自分の考えを子どもに十分に伝えて、書き残しておくことが大事だと感じた。

とりあえず手術は5時間余りもかかって無事終わった。

妻にはまたこれから病気と闘ってもらわなければならない。

それが正しい選択であると信じて。

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2012年6月19日 (火)

転院

病名は「摂食障害」
医師から現状の説明を受ける。

理解はできないと思うが自分のことで話し合っていると感じたのか?

一生懸命訴えている。

どうやら手術を受けるかどうかは自分できめると言っているようだ。

祈ることも決してやぶさかではないが、祈ることによって現状から物理的に成就することはない。
たまさかの偶然を神の御業と称するのは勝手だが……。
ただ祈ることをもっぱらにし人事を怠れば、事態は好転するどころか後退することもありうる。

祈ることしかよりどころがない状況でも、神は無力だ。 が、しかし祈らざるをえない。

医師を頼り・・・・

神をたより・・・・

妻の生命力に頼るときがふたたび、みたび・・・・・・

今年の庭は例年に比し花がきれいに咲いた。

一度見せてやりたいが、せめて写真で・・・・・・

Bara

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